EVの事故時のバッテリー発火リスクはガソリン車と比べてどうか?
EVの炎上事故がニュースやSNSで大きく取り上げられるたびに、「リチウムイオン電池は危険で、EVはガソリン車より燃えやすいのではないか」という不安が広がります。EVの火災は消火が難しく、映像のインパクトも強いため、印象に残りやすいのは事実です。しかし「印象」と「頻度」は別の話です。実際に世界各国の火災統計を突き合わせると、そこから浮かび上がるのは、直感とは正反対の姿です。
結論を先に述べると、(1) EVの火災発生率はガソリン車より大幅に低く、各国のデータで数十倍の差がある、(2) ただしEV火災には消火が難しい・再燃しやすいという質的な特徴があり、消防体制の対応が課題、(3) 電池技術の進化(LFP電池など)で発火リスクはさらに下がっている——という三点で整理できます。順に見ていきます。
1. データが示す「EVはむしろ燃えにくい」
まず頻度を数字で確認します。複数の分析を総合すると、車両10万台あたりの火災件数は、EVがおよそ25件であるのに対し、ガソリン車は約1,500件とされ、EVの火災発生率はおおよそ60分の1という水準です[1]。走行距離あたりで見ても、EVは約720万マイル走って1件の火災が起きる計算で、ガソリン車の約1.8万マイルに1件と比べて桁違いに少ないという分析もあります[1]。
各国の実データも同じ方向を示します。スウェーデンの民間緊急事態庁の集計では、約61万台のEVで報告された火災はわずか23件だったのに対し、440万台のガソリン・ディーゼル車では3,400件の火災が発生し、内燃機関車のほうが約20倍燃えやすいという結果でした[2]。ポーランドの消防当局のデータでも、2020〜2025年の車両火災5万1,142件のうち、EVはわずか87件にとどまりました[2]。オーストラリアのEV火災データベース「EV FireSafe」も、EVの火災リスクを0.001〜0.002%程度と推計し、ガソリン・ディーゼル車の約0.1%と比べて50〜100倍低いと整理しています[3]。
つまり、「EVは燃えやすい」というイメージは、統計的にはむしろ逆です。ガソリン車のほうが火災件数はずっと多いのに、その1件1件がニュースになりにくいために、私たちの印象が偏っているのです。
2. なぜEVは燃えにくいのか:構造の違い
なぜこうなるのかを理解すると、数字が腑に落ちます。ガソリン車は、その名のとおり燃えやすいガソリンという可燃性の液体を数十リットル積み、高温のエンジンや排気系を抱えて走っています。燃料漏れや電気系統のショート、エンジンの過熱など、発火の火種は構造上いくつも存在します。
一方EVは、可燃性の燃料タンクも高温のエンジンもありません。もちろんリチウムイオン電池は発火の可能性をもちますが、電池は頑丈なケースで保護され、温度・電圧を常時監視するバッテリーマネジメントシステム(BMS)が異常を検知して充電や放電を止めます。過充電・過放電・過熱を防ぐ何重もの安全設計が施されているため、通常の使用や一般的な事故で発火に至ることは、統計が示すとおり稀なのです。
3. 正直に見るべき「質」の違い:消火の難しさ
ただし、頻度が低いことと、いざ起きたときの対処が容易であることは別問題です。EV火災には、ガソリン車火災とは異なる質的な難しさがあり、ここは誠実に認めるべきです。
EVの電池が発火する主な原因は、内部の異常で電池が連鎖的に発熱・発火する熱暴走(thermal runaway) です。いったん熱暴走が始まると、電池内部で酸素が供給されるため通常の消火が効きにくく、大量の水で冷やし続ける必要があります。さらに、いったん鎮火したように見えても、数時間後や翌日に再燃することがあります。有害なガスの発生も指摘されており[4]、消防にとってはガソリン車火災とは異なる専門的な対応が求められます。
この課題に対しては、EV専用の消火手法や、車両を水槽に沈める・専用のブランケットで覆うといった技術、消防隊員の訓練が各国で整備されつつあります。頻度は低いが対処は特殊、という性質を踏まえた体制づくりが進んでいる段階です。
4. 技術進化でリスクはさらに低下
発火リスクそのものも、技術で下がり続けています。とくに大きいのが電池の化学組成の変化です。コバルトやニッケルを使わないLFP(リン酸鉄リチウム)電池は、熱的な安定性が高く、熱暴走を起こしにくいという安全上の利点をもちます。エネルギー密度がやや低い代わりに、より安全で長寿命という特性から、近年EVでの採用が急速に広がっています。
さらに、電池の異常を早期に検知するセンサー技術、セル同士の熱の連鎖を食い止める構造設計、将来的には可燃性の電解液を使わない全固体電池の実用化など、発火を根本から抑える技術開発が進んでいます。EVの安全性は、時間とともに向上していく方向にあります。
5. 保険料の誤解と全体像
最後に、よくある誤解を解いておきます。EVの保険料がガソリン車より高いことがあり、これを「発火リスクが高いから」と結び付ける見方がありますが、これは正確ではありません。EVの保険料が高めなのは、主に修理の複雑さと部品コストが理由であり、火災の発生頻度が高いからではありません[1]。頻度のデータと保険料は、切り分けて理解する必要があります。
まとめると、「EVはガソリン車より燃えやすい」という不安は、各国の火災統計によって明確に否定されます。EVの火災発生率はガソリン車の数十分の一で、構造的にもむしろ燃えにくい乗り物です。残る課題は「起きたときの消火の難しさ」という質の問題であり、これは消防体制と電池技術の両面で着実に手当てが進んでいます。印象の強さに引きずられず、頻度のデータに基づいて冷静に評価することが大切です。
まとめ
火災発生率はEVがガソリン車の約60分の1(10万台あたりEV約25件・ガソリン車約1,500件)[1]。
スウェーデン(約20倍)、ポーランド、豪EV FireSafe(50〜100倍)など各国データも一致してEVが低リスク。
EVは可燃性燃料も高温エンジンもなく、BMSで過熱・過充電を防ぐ構造。
課題は頻度でなく質——熱暴走による消火の難しさ・再燃。消防体制と消火技術で対応中。
LFP電池など熱的に安定な電池への移行で発火リスクはさらに低下。
EVの保険料が高いのは修理コストが理由で、火災リスクとは無関係。
「燃えやすい」のではなく「目立ちやすい」——これが発火リスクをめぐる誤解の正体です。
参考文献・データ出典
[1]: Recharged. (2025). EV fire risk statistics vs gas cars (2025 data). https://recharged.com/articles/ev-fire-risk-statistics-vs-gas-car/ (10万台あたりEV約25件・ガソリン約1,500件、走行距離あたり火災頻度、保険料は修理コスト由来)
[2]: EVinfo.net. (2025, November). EVs are far less likely to catch fire than gas-powered cars. https://evinfo.net/2025/11/evs-far-less-likely-to-catch-fire-than-gas-powered-cars/ (スウェーデン:611,000台EVで23件 vs 440万台で3,400件、ポーランド消防2020–2025)
[3]: EV FireSafe (Australia). EV battery fire data. (EV火災リスク0.001〜0.002%、内燃車0.1%)参照: Interesting Engineering. (2025). Do EVs really catch fire more? https://interestingengineering.com/transportation/do-electric-vehicles-really-catch-fire-more
[4]: Fire Safety Research Institute (FSRI). EV fires vs gas-powered vehicle fires: air contamination risks. https://fsri.org/research-update/ev-fires-vs-gas-powered-vehicle-fires-air-contamination-risks-explored-new-article